街のレストラン

海外旅行中、街のレストランで、三人が鍋で、例のホーコーズという支那鍋で、これまた十皿くらいの海の幸を水煮にして食べた。


最後に果物まで食べて、三人で三千円はしなかった。


もちろん、チップはいずれもなし。


このように、バンコクには二つの顔があります。


一つは、チップというようなものには全く関係のない、タイの、バンコクの人のためのバンコク。


そしてもう一つは、旅行者のためのホテルとチップのバンコクが。


旅行者には、この二つのバンコクの間を行ったり来たりしながら、二つのバンコクの顔を見くらべるおもしろさがあります。

ホテルのレストラン

ホテルのレストランでは、だから十パーセントくらいのチップをおくことになります。


海外に行くなら覚えておいたほうが良いでしょう。


ところが、街の、それこそ街の人たちの出入りするレストランでは勘定だけ、チップというものはない。


それでいて清潔で、しかもおいしいものが多いから、バンコクではこういう店を利用したほうがいい。


この間も、屋台で五目雑炊を食べたら、そのおいしかったこと、さっぱりした味で中国風でもなし、そうかといって日本風でもない、ちょうど中国と日本との中間くらいと言ったらわかりいいかもしれないが、海老やらイカやら白身の魚やら、その他いろいろの海のものが入って、特別製だということで支払ったのが二百四十円でした。


サムロの値段の交渉

サムロの値段の交渉は、六十円とか百二十円を目安に値切る。


その額を考えるとバカバカしいと思うこともあるが、そこがこの値切るということのおもしろさで、わからない相手の言葉を理解して、こっちもまた不可思議な手ぶりでわからせる。


これはゲームになります。


暮らしのかかっている相手にとっては真剣かもしれないが、旅のつれづれにこんなゲームもいいんじゃないかと思ってやってみる。


うっかりすると、サムロより、ホテルへ帰ってきて与えるチップのほうが高い場合もあります。


物価が安いと言われるこのバンコクでも、旅行者の泊まるホテルは、世界のそのレベルと同じです。


そうすると必然的にそのホテルの中のチップも世界並みに近いものになります。


上級のホテルなら、一人一泊二万円はします。


そうしてチップは百円くらいの見当になります。


バーツでいえば、十バーツくらいか。


是非海外旅行でバンコクを訪れたら乗ってみてほしい。

サムロ

このサムロ、インドのデリーにもわが物顔で走っていました。


ただし、このデリーのは運転手が例のターバンを巻いていたのがちがっていました。


いま、タイのバーツは、一バーツが五~六円くらい。


そうすると、二十バーツでも百十円、そして三十バーツでも約百七十円、という勘定になります。


海外ツアー中、安いから庶民の乗り物になるのだろうが、それに五、六人もが乗って、サーカスよろしく、その上に荷物もしこたま積んで、よくもまあ無事だと思うような格好もよく見かけた。

交渉がおもしろい

海外旅行へは何度か行ったけどタイ語はわからないので、身ぶり手ぶりで言うのだが、その交渉がおもしろい。


二本出して二十バーツか、三本出して三十バーツくらい出せば、バンコクの街の中ならたいていのところへ行ける。


そうやって乗り込んで、座席へ腰をおろしたら、こんどは屋根を支えている柱とか、まわりのつかめるところは何でもいいから、しっかりとつかむことが大事です。


真っすぐな道でもそれこそうっかりしていると振り落とされるからです。


走れば涼しいし、珍しい街の風景も見やすいが、ただ一つ、このサムロの使っている油がなんともくさくって、濁ったガスをそこらじゅうに振りまいて走るのが難といえば難だ。


タクシーに乗ったって、日本のようにきれいなタクシーは望めないし、クーラーもないタクシーに閉じ込あられてフウフウいうくらいなら、このサムロに限る。


多少の危険ときたなさを我慢すれば。

振り落とされぬようご用心


せっかく海外に行くならサムロだろうと、バンコクにいる間、サムロに乗りました。


サムロとは、現地の人に聞いてみると、サムロウという感じの発音らしいが、いわば三輪自動車のことです。


ドアも何もなしの、屋根だけついた、それこそあけっぱなしの軽自動車だが、暑いバンコクではこれで充分。


ただし、この三輪自動車、ぶっ飛ばす。


時速60キロくらいでがむしゃらに走るから、真っすぐの道ならまあ安定もしているが、曲がり角に来たらたいへん、みごとに横倒しになります。


客も人間もほうり出されてしまいます。


かたわらにいる連中がそれっと群がるので、人間を助けるのかと思って見ていると、客の持っていた品物の散らばったのをひろいに行くという。


しかし、そんなことはざらにあるわけではないので、街へ出ると、そのサムロに乗りました。


見れば、タクシーよりも多く走っているし、ちょっと立ち止まっていると、すぐ近寄ってくるから、さがす手間はいらない。


そこで行き先を言って値段は交渉で決める。

あのダイビング

アカプルコの呼び物は、映画でも有名になった、あのダイビングです。


55メートルというあの岩壁から、下の海、それもわずかな間、満潮の間だけ深くなったすきに飛び込むのです。


このダイビングを見るために、その前に席がしつらえられています。


そして、ベランダのような場所も用意されています。


見物客はそこへ入るのに、いくばくかのペソを見物料として払う。


まあこれだけの命をかけてのショーだから、これに関しては妥当だと思うのか、見物の連中はすなおに応じているようだ。


そしていよいよショーが始まる。


いちばん高いところから飛び降りる前に、二度くらい、まだ慣れない二軍のダイバーが、途中の岩場から飛び降りてみせる。


そして最後、見物の目の前の、いちばん上の岩の上に、ダイバーがあらわれる。


マリアの像か何かにひざまずき、祈ったあと、静かに岩の先端に立つ。


じっと立っていたダイバーが、一瞬動いたな、と思ったら、ゆっくりと、スローモーションのフィルムを見るようにして、頭から下へ飛び降りた。


映画やら、写真で見るよりは、その岩の突端はさして高いとは思わなかったが、それでも、飛び込んで、海の中へそのダイバーの体が沈むまで、ずいぶんゆっくりと時のたったような気がしたのは、実際高いところだったからでしょう。


そして沈んだと思ったダイバーが、白く泡立った青い海の中から、ぽっかりと顔を出した。


見ていたおおぜいの人たちは一斉に拍手喝采をした。


敬度な祈りを捧げた彼に、無事という祝福が与えられたことに対する、喜びの、ほんとうに心からの拍手でした。


その拍手が静まると、客は帰りはじめた。


そしてその、テラスのような見物席から、道路のほうへ階段を上がりかけた。


そろと上がっていった人の波が何かでぎくりと止まった。


何だろう、と前を見上げた。


あの男が、ずぶぬれになって、階段の途中に仁王立ちしていました。


先刻は顔まではっきりわからなかったが、どうもその裸の格好は、あの、最高部の碧の上から飛び降りた男のようです。


それもこの男、両手に何枚かのペソの札をしっかりと握っています。


そしてそのペソの束を、振りながら、どうだどうだ、というしぐさをする。


つまり〃ペソ、ペソ、ペソ"を繰り返しているのだ。


興ざめ、という言葉は、こういうときのことをいうのでしょう。


しゅん、と心の中が、冷えたのです。


海外旅行であの奇蹟のような、ダイビングの崇高な行いが、ふっと消えてしまったような気がしたのは事実です。

タクシー

気軽な海外ツアーでもそのうち、タクシーに乗るのがおっくうになった。


タクシーに乗ることは戦うことに等しかった。


短い距離は、タクシーに乗らず歩くことも多かった。


あるときなんかは、メキシコシティーからソチミルコi舟遊びのできるところとして有名だが、そこへ行って、またそのまま同じタクシーで戻ってきて、ホテルの前で大げんかしたことがあった。


交渉どおりにいかなかったのです。


メーターどおりでないのはもちろんのこと、優にメーターの五倍という料金です。


それでも彼は、もっとペソ、ペソ、ペソ、と、右手をさし出すのです。


しまいには、ホテルのフロントマンが、何事かと、玄関に出てきて、この大騒ぎはおさまった。


しぶしぶ運転手が引きあげたのです。


ペソ、ペソ、ペソは、アカプルコまでつづいた。

続き

前回の海外旅行の続きですが、うしろで押しつぶされている客がいるというのに、このうえまだ客をひろうつもりか、まだ指を一本立てています。


そしてまた止まった。


こんどは若い娘、ちょっと美人が乗りこんできた。


でもそれは前の席へ、運転手がわざわざドアをあけて乗せた。


客の容姿によって、彼は前と後ろに客を振り分けているのか。


心なしか、運転手の大きな体は先刻よりも、娘のほうへ近づいたようです。


その彼がまた一本の指を立てています。


まだやる気か/こんど止まったときは、おじいさんだった。


おじいさんなら、娘との間を邪魔されないと踏んだのか。


こうして、運転手を入れて都合七人の人間がなんとも不思議なアンサンブルで、メキシコシティーの中を走り回ったのです。


まずおじいさんが降り、そのあともう一人年増の厚化粧が前に乗ったが、うしろはまた一人ずつ降りていった。


最後に隣のおばさんが降りて、うしろはまた初めと同じ、私一人が残った。


やおら運転手が、「○○ホテル?」と聞いた。


そうだ、と答えると、運転手、急にスピードを上げた。


そしてホテルに着いた。


降りると、決まったもののように、右手を出した。


その手の上へ、強く、一ペソをピシリッ、と打ちつけるようにして投げてやった。


何か言おうとしたが、それこそこれ以上むけないと自分でも思うほど目をむいてやった。


そしてにらみつけてやった。


とたんに、彼の目がたじろいだ。


ぶつぶつ言いながら、しかたがない、とあきらめたのか、ハンドルを握り直して走り出した。


こういうことはしょっちゅうだった。

タクシーが特にひどかった・・・


海外に行くならもうここ以外で・・・と思うほどでした。


案内書にいわくー"メキシコシティーのタクシーは、メーターがあっても一応交渉して乗ること。


ただし、交渉どおりの額で乗れるとはだれも保障しない"これではいったい、何を根拠にタクシーに乗ればいいのか。


そしてもう一つメキシコシティーのタクシーの悪いことは、相乗りがあるということです。


あるときも、やっと交渉してタクシーに乗りました。


ホテルまでいくらでと、ちゃんと運転手もオーケーをしたし、安心して乗りこんだのです。


そうしてしばらく走ったころ、タクシーが止まった。


そして二人の男が何のあいさつもなしにうしろの私の隣へ乗りこんできた。


ぐいと大きなかたい尻が私の尻を押してきた。


彼らは、あたりまえのようにして、自分の尻をもっといい位置へ落ち着けようとするのか、さらにぐいぐいと押してきた。


前の運転手に呼びかけたが返答なし。


そしてまた止まった。


こんどは大きな籠の中に何やら入れた太ったおばさんがうしろの席へ乗りこんだ。


かたい尻のおじさんの隣へです。


一人分、おばさんの尻の分量だけ、こっちへ押さないと乗れないのは必定です。


来たな、と思ったとたん、かたいおじさんの尻がどしーんとぶつかってきた。


あわててよけた私の尻は哀れにも、行く先がなくて、反対側のドアにぶつかった。


乗ったときにはこっちのドアのところにいたのに、またたく間の大移動でした。


あまりの仕打ちに、前の運転手のほうへ手を伸ばそうとしたが、隣のおじさんの尻に押さえられて、それにこのタクシーの座席のクッションがやわらかすぎて、体がめり込んでしまって半分も起きあがることができない状態です。


無念の歯ぎしりをしても、この押さえ込みにあってはなんとも手のほどこしようがない。


うーん、チクショー、と、運転手の横顔を見たとき、このタクシーのからくりがわかった。


この運転手の野郎、鼻唄を歌いながら、窓から片腕を出して運転しているのだ。


そしてときに、立ち止まっている人を見ると、その出している腕をぐっとさし出して、指を一本立てています。


このサインで客をひろうのだ。


一ペソでどう、というサインだ。