アカプルコの呼び物は、映画でも有名になった、あのダイビングです。
55メートルというあの岩壁から、下の海、それもわずかな間、満潮の間だけ深くなったすきに飛び込むのです。
このダイビングを見るために、その前に席がしつらえられています。
そして、ベランダのような場所も用意されています。
見物客はそこへ入るのに、いくばくかのペソを見物料として払う。
まあこれだけの命をかけてのショーだから、これに関しては妥当だと思うのか、見物の連中はすなおに応じているようだ。
そしていよいよショーが始まる。
いちばん高いところから飛び降りる前に、二度くらい、まだ慣れない二軍のダイバーが、途中の岩場から飛び降りてみせる。
そして最後、見物の目の前の、いちばん上の岩の上に、ダイバーがあらわれる。
マリアの像か何かにひざまずき、祈ったあと、静かに岩の先端に立つ。
じっと立っていたダイバーが、一瞬動いたな、と思ったら、ゆっくりと、スローモーションのフィルムを見るようにして、頭から下へ飛び降りた。
映画やら、写真で見るよりは、その岩の突端はさして高いとは思わなかったが、それでも、飛び込んで、海の中へそのダイバーの体が沈むまで、ずいぶんゆっくりと時のたったような気がしたのは、実際高いところだったからでしょう。
そして沈んだと思ったダイバーが、白く泡立った青い海の中から、ぽっかりと顔を出した。
見ていたおおぜいの人たちは一斉に拍手喝采をした。
敬度な祈りを捧げた彼に、無事という祝福が与えられたことに対する、喜びの、ほんとうに心からの拍手でした。
その拍手が静まると、客は帰りはじめた。
そしてその、テラスのような見物席から、道路のほうへ階段を上がりかけた。
そろと上がっていった人の波が何かでぎくりと止まった。
何だろう、と前を見上げた。
あの男が、ずぶぬれになって、階段の途中に仁王立ちしていました。
先刻は顔まではっきりわからなかったが、どうもその裸の格好は、あの、最高部の碧の上から飛び降りた男のようです。
それもこの男、両手に何枚かのペソの札をしっかりと握っています。
そしてそのペソの束を、振りながら、どうだどうだ、というしぐさをする。
つまり〃ペソ、ペソ、ペソ"を繰り返しているのだ。
興ざめ、という言葉は、こういうときのことをいうのでしょう。
しゅん、と心の中が、冷えたのです。
海外旅行であの奇蹟のような、ダイビングの崇高な行いが、ふっと消えてしまったような気がしたのは事実です。